歴史と共に進化するフィリピン大衆文化!フィリピン音楽「OPM」って何?

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こんにちは!マニラブのゆうです!(@_smzyu)

 

突然ですが、みなさんは音楽は好きですか?

 

フィリピンの音楽学部長であるアントニオP.アフリカ氏は、「芸術を人々の文化から切り離すことはできない。なぜならそれは時代の反映であり、国民の意見を反映しているからだ」と言っています!

 

そして、最も人々の身近にある芸術…それが音楽です!

 

長い間衰えることなく人々の生活の一部となっている音楽は、その歴史も色濃いものばかりです。

 

私も、そんな音楽の虜になった者の一人です(;ω;)

 

そこで、音楽からフィリピンの文化を紐解いていき、フィリピン音楽や文化をより楽しんでもらえるように、5回に分けてフィリピンと関わりのある音楽をご紹介します!

 

フィリピンと音楽
1. フィリピン音楽「OPM」ってなに? ★今回のテーマ
2. フィリピンで今流行の曲
3. 世界で活躍するフィリピン人アーティスト
4. タガログ語で歌われている日本の曲
5.フィリピン人が知っている日本の曲

 

第1回の今回は、フィリピンの音楽を知る上で欠かせない「OPM」についてご紹介をします!

OPMってなに?

OPMとは、”オリジナル・ピノイ・ミュージック”の略で、フィリピン人のアーティストによって作詞・作曲が行われ、演奏された曲全般を指す言葉です!

 

元々はフィリピンのポップソングとバラードのみを指すものとされていましたが、アジア、スペイン、ラテンアメリカ、アメリカの影響や、様々な音楽ジャンルのスタイルを吸収し変化しました。

 

現在ではヒップホップ、ジャズ、レゲェなどのあらゆるジャンルが取り入れられ、フィリピン人特有の才能を特徴とするフィリピン音楽の総称を指す言葉となっています!

 

OPMの歴史

OPMの変化は、「時代の兆候」と比喩されています。

 

その言葉通り、OPMの変化を紐解くと、フィリピンのその時代の文化に大きく関連することがわかります。

 

先住民による伝統音楽

フィリピンには、先住民族によって演奏された伝統音楽があります。

 

それが、ゴングミュージックと呼ばれるものです!

 

結婚、崇拝、戦争の準備などの儀式の際に行われるダンスミュージックに分類される音楽です。

 

ゴングミュージックは名前の通り”ゴング”という打楽器がよく使用されますが、手拍子でリズムを刻む場合もあります。

 

また、先住民族は自然との関わりが強いため、ゴングのダンスステップは動物や植物をイメージするような動きをします。

 

コルディジェラなどの涼しい地域ではリズムが遅く、暖かい地域では速くなるのがフィリピンのゴングミュージックの特徴です^^

 

ヒスパニックの影響を受けたフィリピン音楽

フィリピンは、1521年から1898年まで333年もの間スペインによって統治されていた背景があるため、様々な文化でスペインの影響を強く受けています。

 

タガログ語がその一つとして知られていますが、音楽もそのうちの一つです♪

 

1800年代から1950年頃までのフィリピンの音楽のほとんどは、メキシコなどの南米経由でスペインに持ち込まれた「ハバネラ」というリズムパターンに基づいて作曲されています。

 

そのため、フィリピンのスペイン時代の音楽は、ラテンアメリカの国々の音楽によく似ています。

 

代表的な曲が「Harana(ハラナ)」と「Kundiman(クンディマン)」という曲です。

 

Harana(ハラナ)

1990年代にフィリピンの音楽バンドParokya ni Edgarによりカバーされた「Harana」。男性から女性への求愛の歌。求愛する男性が友人と共に思いを寄せる女性の家を訪れて、窓の下で男性が歌を歌い、友人が演奏をする。マニラ都心部ではなく、田舎の町や地方都市で行われていたとされている。

 

Kundiman(クンディマン)

1950年代にRic Manrique, Jr.によりカバーされた「Kundiman」。ハラナと同様、元々は男性から女性への求愛の歌とされていた。穏やかリズムが特徴で、19世紀終わりにルソン島で発祥したとされている。”私はしがない者だけど…”という意味である「kung hindi man(クン ヒンディ マン)」という言葉の歌詞から始まることからクンディマンと呼ばれるようになった。今では男女問わず失恋ソングとして知られ、数多くのアーティストによって歌われている。

 

また、フィリピン音楽で有名なのが、Tinikling(ティニクリン)というバンブーダンスです。

 

長い竹を用いたダンスで、結婚式の余興や催し物で披露されます(^o^)

 

このTinikling(ティニクリン)も、スペインのダンスを継承したモスリム王侯貴族の舞踊を踏襲しています。

 

 

ポピュラー音楽(マニラサウンド)

1950年以降のフィリピンの音楽シーンは、英語で歌詞が書かれるアメリカンポップスのラブソングが主流となります。

 

そして、1970年代中頃から1980年頃までは、ロック・ジャズ・ファンクなどのサウンドが使用されるマニラサウンドと呼ばれる音楽ジャンルが登場しました。

 

それまで、歌詞は英語で書かれることが一般的でしたが、マニラサウンドではタガログ語と英語から成る「タグリッシュ」が使用されるようになりました。

 

ちなみにこのマニラサウンドは、当時フェルディナンドマルコス大統領によりワンマンルールで国を独裁されていた時代の「明るい一面」と揶揄されていたとかいないとか…(╹◡╹)

 

このマニラサウンドが国内のほとんどの音楽ジャンルに影響を与えていき、後のOPMに繋がっていきます。

 

マニラサウンドの人気の火付け役となったフィリピンのバンドHotdogのファーストアルバムより「Rock N’ Roll Bogie」

 

現代のOPM

1980年代以降、タガログ語と英語が公用語であるマニラを中心に、マニラサウンドから派生したポップソングやバラードが多く登場しました。

 

それらをマニラサウンドと区別するために作られたのが、OPMという言葉なのです!

 

さらにこの頃、フィリピンはアジアで初めてヒップホップシーンを持っていたとされています。

 

これは、ヒップホップの発祥地であるアメリカと歴史的に深くつながりがあることが影響しています。

 

ヒップホップを筆頭に、ジャンルを問わずフィリピン人アーティストによって制作され、演奏される曲が増えていったことにより、現代のフィリピン音楽の総称を指すOPMが形作られました。

 

さらに最近では、K-POPやJ-POPの影響を受けたP-POPも登場し、OPMのジャンルは広がりを続けています!

 

フィリピンで初めて韓国のアイドル育成プログラムが取り入れられたアイドルグループ「SB19」

 

 

いかがでしたでしょうか?

このように、OPMは歴史と共に進化し、その時代の社会背景を反映してフィリピンの大衆文化となりました。

 

ちなみに余談ですが、現在世界で巻き起こっているK-POPブームの火付け役の理由の一つとして、フィリピン人によるSNSでの拡散というのが挙げられています。

 

SNSの利用が活発なフィリピン人が英語でK-POP情報を拡散したことで、英語圏の人々への露出が増えたのではないかとされているようです!

 

まさに、多様な文化を吸収し続けたフィリピン人だからこそできたことと言えますね!

 

今回はフィリピン音楽「OPM」とはなにか?をご紹介しました!

 

みなさんもぜひ、フィリピンの歴史を感じながらOPMを聴いてみてください♪

 

個人的にはOPMとラテンミュージックの聴き比べもおすすめです♪

 

次回は「フィリピンで今流行の曲」をご紹介しますので、お楽しみに!

 

フィリピンと音楽
1. フィリピン音楽「OPM」ってなに?
2. フィリピンで今流行の曲
3. 世界で活躍するフィリピン人アーティスト
4. タガログ語で歌われている日本の曲
5. フィリピン人が知っている日本の曲

 

それでは!Salamat po〜( ^_^)/

 

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